妙延寺のご紹介

朝市、盆踊り、アニメプロジェクト等、大きなイベントではいつもお世話になっている妙延寺のご紹介をします。

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所在地 東京都練馬区東大泉3-16-5
山号・寺号 倍光山 妙延寺
宗派・本山 日蓮宗 総本山 身延山久遠寺
開山・開基 開山円乗院日宜上人 開基豈性院殿日安
本尊・諸仏 久遠実成本師釈迦牟尼仏 三十番神像 大黒天

「妙延寺」として地元に親しまれていますが、正式名称は「倍光山 妙延寺(ばいこうざん みょうえんじ)」。日蓮宗中山法華寺の末寺として400年余、大泉の地を見守っています。

「寺はパブリックな場所・施設でなければならない」という山田住職の考えにより、広く開かれた寺院となっています。大銀杏を中心に広い境内はゆめーてる商店街のみならず、数多くのイベントで利用させていただいています。

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大銀杏は樹齢400年以上、都指定練馬区保存樹第一号です。今もたくさんの銀杏を秋から冬にかけて実らせています。こちらの銀杏は「どうぞお持ちください」とのこと。自分で果肉を腐らせて実を取り出したギンナンは格別です。

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山門は平成18年に改築されました。同時に客殿・庫裏の改装とともに妙延寺ゆうわ会館が開設されました。商店街や町会の会合やサークル活動など、さまざまに利用されています。

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ご住職より

お寺は宗教的役割(仏様の教えをより多くの人に伝えること)の為にありますが、それと同時に社会的存在でもあります。

そのお寺の有る地域が活発になれば、寺の活動も盛んになります。地域活性の一助になればとの思いを込め、境内の開放や寺院施設(会館)を使用しています。

平成26年12月23日 妙延寺 住職 山田正憲

沿革

『新編武蔵風土記稿』に「妙延寺 法華宗。下総国中山法花寺ノ末。信光山ト号ス。本尊釈迦尊。開山日宜。慶長三年七月寂ス。開基豈性院殿日安ハ。今ノ名主弥四郎ガ本家ノ祖ニテ。加藤作右衛門ト称シ。寛永十五年二月終ル。大鐘 年号ヲ彫ラズ。客殿ノ簷ニカク。」とあり、別に「三十番神社 村ノ鎮守ナリ。妙延寺ノ持。」の記載もある。

『妙延寺史』によると、本寺の草創は、永禄十一年(1568)円乗院日宜上人となっており、「慶長三戌年七月十一日(1598)寂」とあり(当時『過去帳』)、『土支田村地誌調御改書上帳』(関口家文書)にも記載されている。開基加藤作右衛門(日安)については、詳しくないが、土支田村の中心的人物であったろう。また、三十番神が土支田村の鎮守として当寺持となっている事とあわせて、当寺がこの一帯の信仰の中心となっていた事が想像できる。本堂は、和風重層唐破風の鉄筋コンクリート造りの重厚な建物で、昭和四十年(1965)の落成である。また境内には樹令四百年という都保存樹指定の大イチョウがある。

なお本寺は、かつて、私学の第三中学区第六番小学明倫学校(明治七年・1874)、第三中学区第二十一番公立小学豊西学校(明治九年・1876、大泉小学校の前身)が設立された所でもある。(「練馬の寺院」発行:練馬区教育委員会より転載)

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